大判例

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最高裁判所大法廷 昭和29年(オ)967号 判決

静岡県庵原郡小島村大字小島六八一番地

上告人

深沢儀八

右訴訟代理人弁護士

田多井四郎治

静岡市追手町 静岡県庁内

被上告人

静岡県農業委員会

右代表者会長静岡県知事

斎藤寿夫

右当事者間の行政処分取消請求事件について、東京高等裁判所が昭和二九年八月七日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨上告の申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士田多井四郎治の上告理由第一点について。

所論昭和二四年三月二六日の第一次買収計画における買収農地一二筆の中に、上告人所有の山林及び宅地の一部を包含して保有地面積を算出した違法があつた為、右一二筆中より四筆を除外するに至つたものであるという点は、記録上、一、二審において何ら争われた形迹のない事項である。また、所論取寄書類中甲一〇号証の一、二の原本が存在しないとして公文書破毀罪の成立を論ずる点は、右甲一〇号証の一、二は上告人に送達された書類であつて、同人よりの提出にかかる証拠であり、被上告人もその成立を認めており、たとえ右原本が取寄書類の中に存在しないからといつて、本件の事実認定には何ら影響のない事柄である。そして原審は、本件係争農地四筆について、小島村農業委員会(当時は農地委員会)が上告人と協議の上、または上告人の異議申立を正当と認めて、これを買収計画から除外し、且つ被上告人もこれを承認していたものであるという上告人の主張事実は、これを肯認することができない旨を認定し、所論のような職権濫用行為があつたことを認めるに足る事跡はないと判示しており、原審の右判断は、その挙示の証拠に照らし、当審においてもこれを是認することができる。されば、論旨は結局原審が適法にした証拠の取捨、事実の認定を非難するに帰するものであつて、採るを得ない。

同第二点について。

本件買収計画において、その対価が自作農創設特別措置法六条に定める価格をもつて定められたことは当事者間に争のないところである。そして、同条三項本文の農地買収対価は、憲法二九条三項にいわゆる「正当な補償」にあたるものであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和二五年(オ)九八号、同二八年一二月二三日大法廷判決、集七巻一三号一五二三頁)。それ故、本件対価が憲法二九条の正当な補償にあたらないことを前提とする違憲、違法の所論は採るを得ない。

なお、論旨は、判断遺脱をいうが、原判決が上告人の原審でした前記主張に対し判断を与えていることは判文上明らかであつて、所論の違法は認められない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官真野毅、同斎藤悠輔及び同河村大助の意見を除き裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

上告理由第二点に対する裁判官真野毅の意見は、次のとおりである。(本判決の結論および上告理由第一点に対する判断には賛同する)。

多数意見は、自作農創設特別措置法六条三項本文の農地買収対価は、憲法二九条三項にいわゆる正当な補償にあたるというが、わたくしには右自創法は、農地買収の対価の絶対的な最高限を定めた規定だとは考えられない。たゞ自創法による農地の買収は、大量的に処理さるべき行政処分であるから、同六条はその実行の便宜のため行政庁が買収対価を定める際の一定の標準を定めたものに過ぎない。行政庁の定めた買収対価が憲法にいわゆる正当の補償に当らないとして不服あるものは、自創法一四条によつて正当補償に該当するまでの増額を裁判所に出訴して請求することが許されていると解するを相当とする(その詳細は判例集七巻一三号一五三九頁、同八巻一一号二〇三六頁、同九巻一一号一六九五頁参照)。それ故、買収対価の増額請求をなさずして、ただ自創法の買収対価が正当補償に当らないことを理由として違憲を主張する論旨は採ることをえない。

裁判官斎藤悠輔の上告理由第二点に対する意見は、次のとおりである。

論旨前段は、本件買収農地の対価は畑一坪二円、田一坪四円程度の実際の取引価格の何十分の一にも及ばない低価であつて、かような低価で地主から買収しこれを同一価格で小作人その他の自作農に売渡したものであるから、本件買収処分は、憲法一四条に違反し、かかる差別扱する目的の下に制定された農地法令(自作農創設特別措置法令)も同条に違反しともに無効である旨主張する。しかし、憲法一四条一項に「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定したのは、その所定の理由により、その所定の関係において差別するがごとき非合理的な不公平の待遇を禁止する趣旨である。されば、仮りに本件買収対価が所論のように低価であるとしても、本件買収並びにかかる買収を規定した自創法令を以て同条の禁止する差別待遇といえないこと多言を要しない。それ故、所論は採るを得ない。

また、論旨後段は、本件買収価格は、憲法二九条の正当な補償に当らないから、本件買収は違法であるというが、買収価格が正当でなければ、自創法一四条によりその増額を請求すべきであつて、これがため買収そのものを無効たらしめるものでないから(民事判例集八巻一一号二〇三六頁記載の少数意見参照)、所論は、買収そのものを是認した原判決に対する適法な上告理由となし難い。

裁判官河村大助の上告理由第二点に対する意見は次のとおりである。

憲法二九条三項に所謂「正当な補償」とは、公共のため徴収される財産権の、客観的な経済価値を意味するものであつて、その徴収の目的たる公共の福祉がたとえ、わが国経済の民主化という重大な国策に基くものであつても、それによつて補償の額を、本来有する客観的価格より、低廉に定めてよいとの理由とはならないのである。そしてその、客観的価格は、具体的土地の個性及び一般物価事情から創定されるものであるから、政府が米価等を標準として、法令によつて一般的基準を定めても、それが直ちに完全な補償となるべきものでないことは、多言を要しないところであろう。のみならず、憲法の保障する「正当な補償」を法律を以て、任意に制限して、その価格低下を招くような定めをすることは、基本的人権を侵すことになるものというべきである。

上告人の第一審以来の主張によれば、本件農地に対する自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)六条三項の買収対価は、畑一坪二円、田一坪四円程度で、実際の価格の何十分の一にも達しないというにある。買収計画当時の経済事情に照し、この主張が真実だとすれば、買収対価は、殆ど名目上のものにとゞまり、対価の名に値しないこととなる。そこでこの買収対価と、正当補償が問題になるのは当然のことであろう。

ところで、憲法を離れて、前記自創法六条三項のみから見れば、一見同条の対価基準は、これを超えることの得ない最高限を、定めたものと解せられないこともない。しかしながら、同条及同法一四条の増額請求の規定は、憲法の所期する完全補償の実現を目的として、存在するものと理解することができよう、そして、この法の理念に照すときは、前示六条三項の規定は、一応の対価基準を定めたものであつて、其買収対価が、具体的の土地に対し、不相当に低廉である場合は、同法一四条で、増額の請求を認めることによつて、完全補償の要請にこたえたものと解するを相当だと考える(尚同法六条及び一四条の解釈については昭和二五年(オ)第九八号同二八年一二月二三日大法廷判決「判例集七巻一三号一七頁以下」真野毅裁判官及び斎藤悠輔裁判官の意見に同調する)。

以上の理由により、自創法の規定は、結局憲法の「正当な補償」を制限したものと解することはできないから、所論違憲の主張は、その前提を欠くものである。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔)

昭和二九年(オ)第六九七号

上告人 深沢儀八

被上告人 静岡県農業委員会

上告代理人田多井四郎治の上告理由

第一、上告人が静岡県農業委員会を相手方として係争の行政処分取消請求の訴を提起した理由の重点は小島村農業委員会並に静岡県農業委員会(買収当初は共に農地委員会と称した)が其職権を濫用して係争の農地を繰返へし再三買収したことにある。依つて原判決は此点のみに根拠しても其認定を誤つて居るから破毀せらるべきだと解する。

再言すると原判決は此点につき「本件買収計画樹立につき村農地委員会に職権濫用ありとする為めには本件農地に付ては如何なる点から見ても之れを買収する理由ないことを知りながら故意に農地買収に名を藉りて控訴人(上告人)から本件農地を取上げんと図つたと認めるに足る事情の存するを要す」と説かれて居る。

然るところ上告人の主張は此原審判決の説明と一致するのである。依つて上告人は原審に於て被上告人及び小島村農業委員会が係争の農地買収が不法であることを知りながら故意に農地買収に名を藉り控訴人(上告人)の所有農地を取上げやうと計画したものであることを明かにする為め上告代理人は昭和廿九年七月十日「準備書面反駁書」と題する書面を原審裁判所へ提出し該反駁書の第一項の一乃至四に於て詳細之れが事実の解説と同時に被上告人の抗弁を反駁してある。依つて之れが要点を左に摘示して御判断を願ふ資料とする。

(1) 第一次買収計画(昭和廿四年参月廿六日買収計画樹立、同年七月弐日を買収期日とした)に於ける買収の対象は係争の農地と同様拾弐筆であつたが当時の小島村農地委員会が右買収計画樹立に際し上告人所有の山林並に宅地の一部をも農地中に加へ保有地面積を算出した為め右の農地買収は自然自作農創設特別措置法第参条第一項第参号と同条第弐項の規定に反し上告人の法定保有地に該当する土地をも買収すると云ふ不法が生まれたので上告人は直に小島村農地委員会に対し異議の申立をした処小島村農地委員会も其買収の違法であつたことを認め右拾弐筆の土地中四筆を第一次買収計画より除外するに至つたのである。

斯様な次第であつたから小島村農地委員会に於ては其作成した農地買収目録拾弐筆中から四筆を自ら除外抹消し夫れを静岡県農地委員会に送付した。依て被上告人は此目録通り四筆を除外し八筆だけを買収するとの令書を昭和廿四年七月弐日附で上告人に送付して来た。(甲第六号証買収令書参照)

然るところ被上告人は原審裁判所に於て右の四筆は除外したのではなく買収を留保したのに過ぎないとの抗弁をした。併し右目録中四筆の抹消が除外でなく留保であるならば之れを抹消したのは小島村農地委員会であるから其旨を欄外に記載するか、若は別紙に其旨を記載して静岡県農地委員会に送るのが常道なりと解する。然るに小島村農地委員会は当時斯様な手続も記載もしてない。

夫れであるのに昭和廿五年弐月廿壱日小島村農地委員会は同年参月五日を買収期日として係争の農地四筆に付強引に別に農地買収計画を樹立し其旨を同年同月同日小農地第六〇号を以て上告人に通知して来た。(甲第拾号証ノ一参照)

依つて上告人は此買収決定に対し異議の申立をした処小島村農地委員会は昭和廿五年四月拾参日右の買収決定を取消し同日小農地第壱弐号を以て其旨上告人に通知して来た(甲第拾号証ノ二参照)のに不拘被上告人は原審に於て此事実を隠蔽したので上告人は不審を懐き原審裁判所に対し小島村農業委員会より係争の農地拾弐筆に付ての買収売渡に干する一切の書類の取寄を求め其許可を得たので右取寄書類に付甲第拾号証の一、二の原本の有無を取調べた処右の取寄記録中に甲第拾号証ノ一、二の原本は何れも見当らないので上告人は小島村農業委員会が本件を有利に導く為め故意に甲第拾号証ノ一、二の原本を前記取寄干係書類中より抜き取り之れを破毀したものと思考する。

果して然らば此事実は公文書破毀罪を構成すること論議の余地ない。

(2) 加之昭和廿四年参月廿六日行はれた第一次農地買収計画樹立に対し上告人は異議申立を為し此異議申立却下の決定に対し上告人は同年六月十六日付を以て小島村農地委員会に訴願書を提出し同農地委員会は同年同月十七日右訴願書を受付けながら八ケ月余も其儘右訴願書を放置した上小島村農地委員会は重ねて訴願中である係争農地に対し昭和廿五年弐月廿一日繰返へし買収計画を樹立したとの通知に接した。

依つて上告人は昭和廿五年参月五日静岡地方裁判所に小島村農地委員会を被告として行政処分無效確認並に取消請求の訴を提起したのである。(甲第七号証参照)

然るところ小島村農地委員会も其行政処分の不法なりし事実を認め自ら進むで右買収計画は之れを取消したのであり甲第十号証の二なる通知書は其旨を小島村農地委員会から上告人に送付して来た通知書である。(甲第八号証参照)

此文書の存在は被上告人の為した係争の行政処分が職権濫用で行はれたものであることを明かにする重要証拠の一であるので之れを湮滅する目的の下に小島村農地委員会は上述の通り昭和廿五年弐月廿一日樹立した係争四筆の土地買収計画の決定と其旨を上告人に通知して来た通知書の原本とを共に係争地買収計画干係書類中より抜き取り破毀したものと解する。

然るに被上告人は小島村農業委員会が斯る違法行為を繰り返へし行つて居る事実を看過し逆に小島村農業委員会の為した行政処分を支持したのであるから此事実も亦小島村農業委員会の為した行政処分と同様被上告人も亦職権を濫用して前記行政処分を庇護した違法ありと解する。何ぜなれば上来上告人の指摘した事実により小島村農業委員会並に被上告人の前記行政処分行為は共に本件事情を充分承知の上農地改革に名を藉り故意に上告人所有の農地取上を計画したものと解せらるるからである。

第二、仮りに本上告理由書第一に指摘した職権濫用と云ふ違法性が認められないとしても、

被上告人及び小島村農地委員会は共に無効な法令を適用して係争農地拾弐筆を買収した違法があるから此点に基いても原判決は破棄さるべきだと解する。

(1) 係争の農地が農地法に基いて買収されたものであることに付ては争ひないが本件農地の対価は畑壱坪弐円、田壱坪四円程度であるから(甲第五、六号証買収令書の記載参照)実際の取引価格の何十分の一にも及ばない低価であることは立証する迄もなく公知の事実であり且斯様な低価で地主から買収し之れを同一価格で小作人其他の自作農に売渡したことも亦公知の事実である。

而して此事実は国民の権利を差別扱ひしたものであり明かに憲法第十四条の規定を無視した行政処分行為である。何ぜならば憲法第十四条に依れば「総て国民は法の下に平等であり人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的干係に於て差別されない」と規定してあるからである。

(2) 然るところ憲法第九十八条に依れば「此憲法は国の最高法規であつて其条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に干する其他の行為の全部又は一部は其效力を有しない」と規定してあるから国民の経済的干係を差別扱ひする目的の下に制定された農地法及び之れに附属する命令は憲法の規定に反する限度に於て一切無效なりと解する。

(3) 仮りに係争の農地買収が公共の福祉の為めに行はれたものなりとせよ、然らば政府は地主に対し正当な補償を支払ふべきであることは憲法第廿九条に明記してある所である。

然るところ政府は前述の通り本件に於ては畑は坪弐円、田は坪四円であつて此額は絶対に正当な補償なりとは云ひ得ないのである。

(4) 以上解説した通りであるのに原判決は原審に於て為した上告人の為した右主張事実を全然審理判断しない違法があるので此点のみに基いても原判決は破毀せらるべきである。

以上

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